| モノクロ | イラスト | デザイン | アート | グラフィック | イラストレーション | 墨 | 白 | 黒 | hanamuke |
TopLIFE'; } else { print 'LIFE'; } ?>

2008年9月 9日

射切る。

「君みたいに誰でも強くないんだから」とか
「私って少しおかしいんです」とかさ、なんだかね、
そういう言い訳がましいのが多くて大嫌い。
 
自分に媚びて、相手に媚びて、
たった一人の大切な自分のことなのに
いったい誰の為に何を守ってるんだろう。
 
僕は神様でも社長でも親御さんでもないけれど、
大好きなあなたと時間を共にしたいと思う僕は
その言葉の前でいったいどうすればいいんだろう。
 
矢を放つのなら、手が離れるまで的を見詰めろよ。
 
生まれてきた以上、それを選んだのなら最後まで射切ろ。
 
言い訳ってのは、刺さった矢と離した手の軌道の間のことを言うんだ。
 
生きるも活きるも射切るも、そんな言葉にはもともと良い訳は無い。
 

2008年9月 8日

雷様。

どしゃぶられました。
雷が落ちる落ちる。火花がすごくって。
 
こりゃあ小さい子じゃなくてもへそ隠したくなるよなぁと
思いながら近所の行き着け美容室へ。
 
雷様は何をそんなに怒っているのかしらとか
へそを取るって、出べそ限定なのかとか、まじまじ考えながら
びしゃびしゃになってテクテク帰ったらご機嫌斜めもスッキリ。
 
雨も止んで喧嘩両成敗。
 
季節の変わり目、皆様風邪にはお気を付けて。
 

2008年9月 7日

チェリー野郎(酔)。

小さい頃から気持ち悪いくらいに
真っ赤に漬けられたチェリーが大嫌いだった。
 
それが乗っかって着色料が染み出した
安っぽいケーキや菓子はもっと大嫌いだった。
 
大人になってそれを思い出した。
 
小手先だけの器用さで人生がそれなりに豊かになる時代で、
それを良しとするのかどうするのかなんて関係ない、
自分にとっちゃあ悪はどいつもこいつも悪で、善はどれもこれも善である。
 
自分が幸せでいられるから、
相手がどう扱ってくれてようと構わないなんて
 
人が人の形をしている以上、そんなの愛だの幸せでもなんでもない。
 
その違和感を埋めるために、
また誰かを都合よく利用して自分の甘ったるさに浸るのか
 
人が人の形をしている以上、そんなの愛だの幸せでもなんでもない。
 
自分の力じゃ何にも出来ないくせに、
糞に糞を塗るような価値観を伝染して回って知らない顔して歩く
そのくせ自分のことだけは好く見せたがる
 
そういう輩を(命名)チェリー野郎って言うんだよ。
 

2008年9月 4日

Black Box。

夢中であればあるほど手を入れた箱の中身には、
自身の希望の大きさよりも小さいものしか掴めないのかもしれない。
 
箱の蓋を埋めるものは、貴方の名の在るこの世、現在の未来。
 
予期せぬまぐれに喜べる人の器用さは、必然か。偶然か。
 

2008年9月 3日

愛称。

キョン様ってどうなんだろうキョン様って。
 
どこぞのスターみたいに爽やかではありませんが(苦笑)。
 
パチンコ台にはなりたくありません。
 

2008年8月31日

変わり目。

この数日、空がずっとぐずっている。
夏は何処へ行ったのか、若干風邪気味。
 
雨の日には人様の作品を見ている時間が多いです(主に娯楽)。
 
最近女性の作家さんの作品(読み物)に触れることが多いのですが、
繊細さというか言葉の選び方というか、
何というか夏から秋にかけての変わり目の雨のような
そんな華奢で、でもしっかりした匂いのする素敵なものが多いです。
 
誰かが明日を生きるための作品を創りたいと想っていますが、
冷静に過去を振り返ることができる時間がこんなに
愛しく感じられるようになったのは、
如何に自分がそれだけ愛されていたからだと気付けるくらい、
少しは大人になった気がします。
 
こんな雨の日には、感謝を伝えに行きたい人がこんなにいるのに
伝えきれぬまま晴れてしまうのが少し勿体無い気がします。
 

2008年8月30日

博打。

下手な駆け引きや投資話、誰かのものを盗んだり、
ギラギラ光った目とか、出来心や優しくない嘘とか、簡単に買える言葉とか
 
博打は自分の人生だけで手一杯だから単純に好かない、
ただ、それだけのことです。
 
ピッチャーとしては最悪ですが、生き物としてどうかは未だ解りません。
 

2008年8月29日

逆転サヨナラホームラン。

数年ぶりに30円くらいのアイスバー(バニラ)が無性に食べたくなって
コンビニに立ち寄り買ったら、間違って買ったらしい(チョコ)味。
 
アンチ甘党なのに泣く泣く食べたら、なんと逆転ホームラン。
 
っていう平和な一日。只今打率10割0分0厘。
 
icebar.jpg
 

2008年8月28日

可能性の精度。

同じ景色を見ても、添える言葉や其の足で、映る結果は変わってしまうよ。
 
其れは極端な話、臨んだ景色が天国であろうと、
何処かの誰かにとっては地獄にも見えてしまう。
 
世界の均衡は紙一重の感性で保たれているから。
 
だったら其の精度を上げるために、
独りで焦ったり、缶詰を無理やりこじ開けるような力は要らないし、 
誰かが知っているという事実で個々ははじめて存在出来るから、
君の頑張りがたとえ花のまま実を結ばなくても、
臨んだ景色はどこかに根付いているのでしょう。
 
「誰も期待していない」という言葉と、
「誰も自分のことを知らない」という言葉では、大きく違うんだよ。
 
焦ったっていつかは死ぬんだから、
じゃあその間にどこまで生きるのかっていう。精度の度合。
 

2008年8月27日

LOVEはじめました。

「人ぞれぞれ」
 
よく冷えた最強の言い訳。
 
さてさて、あんたは人の方なのか?それぞれの方なのか?
 
何を守ってるんだか、
 
愛されるべきしたたかさが足りないよ。 
 

2008年8月26日

燈の籠。

陽が香る内はその匂いに手を引かれ
 
人知れず姿を隠す彼を探すように
 
もう二度と迷わなくても佳いように
 
面影は失くしても鮮やかな香りは取って置いて
 
私が迷った道を辿る時間は惜しいから
 

2008年8月25日

時雨。

やさしいのも、あたたかいのも。
 

2008年8月23日

Joker。

君がそうな様に、僕は君のトランプの一枚には成り得ない。
 
自分の経験でしか手札を切れない僕は、
GAMEの卓上に並べられる言葉を時として残念に感じてしまう。
 
唯其れは、手札を切る過程に期待しているだけで、
君がその期待に応える必要は微塵も無いのだけれど。
 
仮に、若さ故に間違いが多くても、
明日に懸けられる若さを、誤って捨ててしまいたくはないから。
 
信じること以外に、賭すものが見当たらない。
 

2008年8月22日

Rail。

何等かに満たされている時間の中でのブレーキは、
その枕木が散らばった線路の先、信頼出来る処から見出されました。
 
それは、とても価値のある幸せだと言えます。
 

2008年8月21日

人。

倒れ切らなきゃ、人は立てない。
 
差し伸べられた其の手に甘んじて
支えられる事を望んだ分だけ、人は人の姿を失っていく。
 
誰だって自分の事が一番可愛い。
その可愛い自分を守るための
たかだかその短い時間だけの為に世界は回らない。
 
人の姿を失ったもので出来た世界は
誰かの為に回ることさえ出来ずに這いつくばって
その残骸を貪り食うことしか考えていない。
 
ぶちのめされても立ち上がる人を支えるのが「人」。
その資格がある者が歩み生きるのが「人生」。
 
そこで初めて誰の幸せを願えるか。
 
その時だろう?価値や愛って言葉を使えるのは。
 

2008年8月20日

Edge。

好い大人の条件とクリエイティヴにおける考察。
 
馬鹿の一つ覚えで物事に理由を求めない事とメリハリが大事。
 

2008年8月19日

柘榴。

手に入るものと、手に入れてはいけないものの違いくらいは知っている。
でも無邪気に笑う子供のように、悪戯に欲しがる心を忘れたら終いだ。
 
3年後に側に在るものに、種をやり水を撒ける者が大人。
 
大人になることを怠けたままでいることは唯の残酷な子供。
 
未来を大切に出来ることは、自分を大切に出来るってことであって、
「自分」って言葉に捕らわれているうちはまだまだ青い。
 

2008年8月18日

暗黒ゴーヤちゃん。

その後、無事元気にしていますのでご心配無く。
一ヶ月大人しくしていた反動で、相変わらず色々忙しく遣っています。
 
最近の近況。
 
・皆さんに禁煙を勧められるので煙草を軽くしましたが、量が増えました。
・暑さが尋常ではないので毎週末はどこかで呑んでます。
・休養で「肥えた?」と聞かれるので、軽く5kg絞りました。
・浴衣を新調。割と似合うほうかと思います。
・猫とか蝉とか、イモリとかハクビシンとか暑いので近所に良く出ます。
・暑さに便乗して変な人も近所に良く出ます。
 
と、こんな感じで。
 
描きたいものも、遣りたい事も沢山在りますが
今は作品創りを優先しています。
 
無駄なことではないかもしれないけれど、
言葉を綴ったり、話をしたり、息抜きをしたりと
まぁ色々遣っているわけですが、
自分の場合描く事に比べたらまぁそんなものは比ではないなと。
 
来年の桜の咲く頃、何か出来たらいいなぁと思ってます。
 
ankake.jpg
画像は手作り餡かけゴーヤチャンプル。

2008年7月17日

センチ。

ご無沙汰、お騒がせしておりましたが、
本調子ではないものの、元の生活に戻ることが出来るようになりました。 
 
ご心配をお掛けしましてスミマセンでした。
※何の事かわからない方は、わからないままスルーで。
 
人並みにセンチで、少し反省しました。
  
お医者から間髪入れずに「一生禁煙ですっ」を三回言われると
「何べん言うねん」と流石に笑ってしまいましたが、
一生付き合っていかなきゃならん身体です、
ちょっとは労わってやらんといけないかなと。
 
煙草は辞められませんが、絵描ける位は元気です。
 
あまりに寝すぎて未だ寝ぼけたままですが、
調子が戻ったら、徒然再開いたしますネ。
 

2008年6月10日

Rebirth。

気が付けばいつしか戦うように筆を持ち、
その相手が自分自身や取るに足らない理由でしかなくって、
結局のところ歩いた道は「我」でしかなかった。
 
愛されているという記憶の温度よりも、
どうしようもなく増えていく生傷を、
気色の悪い愛想笑いで隠すのに必死だった。
 
そう、襟を正せば不完全さが際立って、
釦を掛ければ、ちぐはぐな甘えが邪魔をしていた。
 
真実ってのは、大抵の場合綺麗に出来ちゃいないけれど、
それでも士が仕えた深い心は、有り難い事にいつも誰かに守られてきた。
だから連れ戻される事無く、いつでも振り返ることが出来た。
 
その志に感謝を。
 
そして昨夜からご連絡を頂いたみなさん、
どうもありがとうございました。
 
もう自分が何時に生まれたのか知る術は無いけれど、
自身が忘れかけていたこの日を、
誰かが憶えていてくれたという事がこんなにも嬉しいものかと、
穏やかに一日を過ごせています。
 
この日に感謝を。
 

2008年5月28日

間引き。

そこそこ大きくなったら、
選択肢を削ればその分人生の栄養は行き渡る。
 
が、ハサミの使い方によっちゃあ、根茎さえ切れてしまうよ。
 
大きな実を結ぶために、お前のハサミは何を間引く。
 
大きな実を結んだとき、お前をその残った茎は支えられるか。
 

2008年5月26日

四葉禁条。

幸せの定義。「やりたいことをやる」
 
食べたいものを食べ、着たいものは着る。
行きたい所へは行き、話したい者と話す。
 
適わないのならイメージする。
 
求めるばかりでイメージにさえ拒まれるのなら
与える側に立ってみる。その手を引いた其れに。
 
周りが見えていない時に闇雲に突っ走るのは
唯の空気読めない奴になりますが、
 
夢っていうのは、我慢とか忍耐とか
実はそんな要素は何にも含んじゃ居ない。
 
要は自分の欲望に我侭になった先に
からまった足枷に気付けるかどうか。
 
苦しさに吐きそうで諦めかけたその時に
確かに流れたその時間が素敵に流れていたということを
感じられる人間で居られるかどうかで決まる。
 
最近やりたいこと、やれてますか。
 

2008年5月24日

センネン画報。

余りに忙しくって書店に買いには出られないから、
ネットで注文してようやく手に入った単行本。
 
 「センネン画報」
今日マチ子サン(こっちはblog)
 
人って一日に憶えられる事の方が多いのか、
一日に忘れる事の方が多いのか、
ふと、そんなことを考えさせられる作品だと思います。
 
漫画というには勿体無いですが、
映画の様に気負わずに見られる作品かなぁと。
活字の本が好きな方にはオススメ。
 
リンクでも紹介していますが、
毎日blogで作品を作り続けては公開している、
そんな著者サンの謙虚な御姿勢を見習いたいものです。。。
 

2008年5月20日

驟雨。

静かな粒の大きい雨。東京。
 
無くした想い出を懐かしむ人や時間を追う人。
逆に記憶を全く消せない病に苦しむ人も世に居る事を知った。
 
その人は、憂鬱な雨に流した過去も、
何度と無くそれを流した川下に心が立ち止まるのだろう。
それを想うと、少し哀しくなった。
 
今は覚えていないことが人の幸せか。
いや、きっと何も無かった筈ではなくて、貴方も、僕も。
知り得て居なかっただけ筈の時間。
 
それが幸せであったかどうかが重要ではなくて、
またその耳が雨音を拾えたときに、
その音が幸せであったかどうか問える心に意味が或る。
 
今は、其れでいいと。
 

2008年5月18日

言い訳。

贋物を掴まされる位だったら、
誰かに差し出されるものに依存しなければいい。
 
贋物を掴むくらいだったら、
その腕を一生使う事無く終えたらいい。
 
それで満足出来るのなら、本物は必要無い。
 
選ばれたものが、そいつに似合う人生を送れるかは、
それとはまた別の話ではあるけれど。
 

2008年5月15日

雨と傘と避雷針の考察。

誰かに何かを伝えたくてたまらないときには
その手段は必ず身の回りのどこかに与えられている。
 
雨が降っていても、雲の上には空があり、太陽があり、
天気予報に頼らなくても、明日は晴れることを人は知っている。
 
仮に大切な今日が雨でも、その頭痛の種が、
何処かの種に命を与えられている事を
人は感じられるアンテナまで持っている。
 
その言葉は、ちゃんと僕に届いている。
 
だからもう少しの間、雲の上の太陽を信じていて。
 

2008年5月12日

FIVE STAR。

幼いときに知った、
初めて自転車に乗れた時の様な感覚。
 
久々に描けている。
指の隙間から溢れるくらいの力が揺らいでる。
 
誰かに見せたくて、見てもらえた幼い記憶と距離感。
その記憶の距離を紡いで、幸せで、愛しくて。
 
僕に描くことを教えてくれた人たちはもう居ないけれど、
自分の大好きな人が好きなものを
自分も好きになりたくなるような。
 
今、その気持ちが指先に宿っている。
 
何でも、何処までも描ける。
 

2008年5月11日

進捗。

先日一連の新作を公開して、
色々と感想を頂いてはいたのですが

「何か良い事が有りましたか?」とのお言葉がひとつ。
 
特別に普段の生活に変化は無いのですが、
意図したものが描ける様になっているのかなと嬉しく想いました。
 
強いて云うのなら、
何も無いところから線を描き始める場所と、
誰かが誰かの為に費やせる心のスペースは、
何処となく似ているものだなと感銘した出来事が幾つかあったからで。
 
「無防備」という言葉では少し単純で、「自由」という言葉では拙い、
そんな人の優しさの心の理に
漸く触れられるようになったのかもしれません。
 

2008年5月10日

芍薬。

悪戯に手を伸ばせばかぶれる指先ですら、
 
愛しく想えるのは人であるが故の過ちか。
 
一本を切り取って持ち帰る者。
 
手を取って花畑に連れて行く者。
 
どちらにも笑顔を疑う必要は始めから無かった。
 
花は、唯、その言葉が聞きたかった。
 

2008年4月 5日

Sweet April。

2008_sakura



ずっとずっと心待ちにしていた一年。



誰も裏切らずに咲いて魅せて、誰が為に散るの。



2008年4月 3日

サライ。

世界が、人が、下らないものだって、
何にも変わりゃしないってのは、昔っから皆言っている。
あえて言うそんなもんは愚痴って呼ばれる。
 
当たり前に過ぎ行く毎日に、
恐れることの無いものは、昔っから皆言っている。
あえて言うその言葉は夢や愛って呼ばれる。
 
限りのある季節に、
限りのある言葉を。
 

2008年3月23日

桜アラート。

一日に何度も天気予報を眺めている馬鹿の為に、
 
桜アラートをプレゼントしてください。
 

2008年3月22日

気違い。

1日18時間。1週間126時間。1ヶ月558時間。
 
気付けばそんだけ物作りに携わっていられる。気が触れるほど。
 
なんつーか、それってすげー贅沢で幸せな時間だ。
 

2008年3月21日

白百合。

「生」と「死」や、「光」と「影」の様な対極。
 
僕等は皆、希望と絶望の丁度ど真ん中の糸の上を渡っている。
 
どちらかが無くして成立しない。
 
 
だから人は、少なくとも僕は、
 
それに似た朝焼けの、淡い、桃色の溶けそうな空を美しいと感じるのだろう。
 
その時間が惜しくて雀が起きたら眠るんだ。
 
 
震える夜は、暖かさをより正確に感じる為の昨日。
 
冷たい指先は、誰かの指先を捉えられる希望。
 

2008年3月20日

Cage。

三年の空白を飲み干して、
観得る世界は変わってしまった。
 
硬く閉ざした引き出しを開けてしまった後の
それは期待に満ち満ちた喜びと
裏側に潜む絶望をいっぺんに引っ繰り返してしまったような
 
そんな色で溢れている。
 
それが善いことなのか悪いことなのかは
僕にはよく解らないが、
これから魅せられるもので判断してもらえたらいい。
 

2008年3月15日

うたかた。

貴方の
 
何に対して頑張っているのか。よりも
 
何に対して素で在れるのか。に興味が在る。
 

2008年3月14日

海と陸と空。

他に出来ない事を成し遂げる人間は、
他に得る事の出来ない幸せを感じる事が出来る。
 
他に出来ない事を成し遂げる人間は、
他が知らずに済むだろう傷を負わなければ為らない。
 
どちらも紙一重。
 
人生が海で、陸がゴールで、空が世間だとしたら。
其れに捕われてしまえば、間違いなく溺れる。
 

2008年3月13日

Aクラス理論。

「Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる。」
 
「Bクラスの人は、Cクラスの人を採用したがる。」
 
なるほどなと。
 
出来る人ほど「No」は言わない(出来なくても行動が伴う)。
そして人を誉めるのが上手だということ。
 
何処かの誰かがが出来るんだから、
何をするにもそれが出来ない根拠はないんだよな、と。
 

2008年3月12日

サクマ式ドロップス。

何となく、僕らの幼い頃のイメージはそれで。何でもキラキラしていた。
 
手に届くところに何かが必ずあって、でもそれはすぐ無くなってしまうという事。
そんな事を多く学べた気がする。
 
人が亡くなるnewsなんて頻繁になかったし、簡単に何でも使い捨てられる時代じゃなかった。
 
今になって流行って(?)いるけれど、「百万回生きたねこ」や「あおむし」の絵本とか、
NHKの教育番組、スタジオジブリの作品が大好きだった。
 
多分それらが僕の根を造ってくれたし、今でも大好きな作品たち。
 
幼いながらも何所か胸にずっと残るもの。
言葉にならない切なさや、伝えきれない感動。
 
カブトムシをゲームでしか見た事が無いとか、絵本を読んでもらったことが無いとか。
そういうものが今の子供には十分に与えられていない事を少し寂しく思います。
 
 
「造り続ける時代は終わりました」なんていうフレーズ。
最近の流行だか何だか知りませんが、僕は創るのをやめません。
 
つくりびとの使命。
そんなものがあるのだとしたら、そういう感動じゃないのかと。
 
味気無いモノにガッカリする顔はもう見たくはないのです。
 
子供やいつか子供だった人に胸を張って手渡せる作品を創れたら。そう想っています。
 

2008年3月11日

赤裸々。

たったひとつだけ とか
 
ふたつとない とか
 
さいごのひとつ とか
 
どれも同じ意味なのに、
どうしてこうも日本語が愛しい。哀しい。
 
それを教えてくれる人に恵まれている。
 

2008年3月10日

無印良品。

量にも、質にもこだわる。
 

2008年3月 9日

Passion。

此処最近、可能性という言葉に強く惹かれて生活している。
 
(いつもの具合で)上手い言い回しは出来ないのだけれども、
「積み重ねる」という事と「可能性に掛ける」事の違いがようやっと解った。
 
積み重ねてきたものは皆、重みが違う。
幾ら僕なんかがどう言った処で、素敵に年を重ねて来た先輩方には頭が下がる。
 
可能性に掛ける事は、皆一本のラインの上に並んでいて、
何処をどう引いても、いつも新しく見劣りは無い。
 
だからこそ、そこ一点努め上げる。
積み重ねはその後付。
 
僕らの未来も過去も、ジェンガの様であってはならないのだ。
 
抜く事も、上乗せる事も。
 

2008年3月 8日

的。

的を狙って打つのではなく、
的の後ろ、地球を一周させるイメージで射抜く。
 
もうどうなっても構わないというくらい、
この心を突き破って、世界を繋ぐ。
 

2008年3月 7日

軌跡の価値は。

人が人を支えて人を成すのなら
人が夢に寄り添って、儚く散るのが定めなのか。
 
否、
 
一本で立てるから支えられるのが人である。
夢は見るものであり、寄りかかるものには非ず。
 

2008年3月 1日

鬼から桜。

鬼の様に過ぎていった弐月。改め鬼月。
みなさん如何お過ごしですか。
 
何かと慌しく人を飲んで、飲まれていく日本。
「媚びない」ということと「マイペース」で活きることは、
似ているようで全く違うよなぁとつくづく想いながら。
 
イヨイヨ参月。 
桜の月。一年で一番好きな季節。
 
そろそろ咲かせに参りましょうか。