静かな粒の大きい雨。東京。
無くした想い出を懐かしむ人や時間を追う人。
逆に記憶を全く消せない病に苦しむ人も世に居る事を知った。
その人は、憂鬱な雨に流した過去も、
何度と無くそれを流した川下に心が立ち止まるのだろう。
それを想うと、少し哀しくなった。
今は覚えていないことが人の幸せか。
いや、きっと何も無かった筈ではなくて、貴方も、僕も。
知り得て居なかっただけ筈の時間。
それが幸せであったかどうかが重要ではなくて、
またその耳が雨音を拾えたときに、
その音が幸せであったかどうか問える心に意味が或る。
今は、其れでいいと。
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